広瀬将俊 Hirose Masatoshi



1970.9〜1984.3

東芝EMI株式会社勤務

主に宣伝・制作を担当。早くからクリエイティブグループ設置を提案し、アーティストイメージ、コンセプト、コピー、広告等を連動させ、邦楽を洋楽的売り方へイメージ化する事に成功する。世に「ニューミュージック」という言葉を作る結果となる。

またこの時期ライターとしても、読売新聞、ヤングギター、単行本(シンコーミュージック、自由国民社)等の執筆も行い、TBS RadioではレギュラーDJ番組も持つ。

70年代から80年代に手掛けたアーティスト達は、赤い鳥、トワ・エ・モワ、尾崎亜美、RCサクセション、浅川マキ、サディスティック・ミカ・バンド、加藤和彦、松任谷由実、チューリップ、リリィ、かまやつひろし、加山雄三、坂本九、甲斐バンド、財津和夫、アリス、ダウンタウン・ブギウギ・バンド、オフコース、ハイ・ファイ・セット、長渕剛、寺尾聰、等々多数。


1984.3〜1996.3

株式会社ファンハウス設立

新田和長氏を中心に、株式会社ファンハウスの設立に参加し専務取締役に就任する。制作と宣伝の隙間に感じるA&Rを追求。設立後間もなく小林明子の「恋におちて」でミリオンセラーを飛ばし急成長をとげる。

この時期に手掛けたアーティスト達は、舘ひろし、神田正輝、稲垣潤一、永井真理子、辛島美登里、麗美、LORAN、岡村孝子、陣内大蔵、近藤名奈、ムーンライダース、SHEEN、ケラ、大塚純子、等。1995年には“Fun House Trust”レーベルを発足させる。


1996.4〜1998.3

株式会社BMGジャパン勤務

プロデューサーとしての現場イズムに回帰したいとの想いから、自らファンハウスを退社しBMGジャパンに移籍。広瀬制作室を設置し、Kicks、SHAZNA、久松史奈、TOSHI(X-Japan)、聖飢魔㈼、野田幹子、KYO、バレンタインDC、福山雅治、クリプトン、等の制作・宣伝に参加。特にSHAZNAは社会現象にもなりヴィジュアル系バンドの走りを担う事となる。


1998.4〜2002.8

東芝EMI株式会社勤務

当時、東芝EMI代表取締役 齋藤正明氏(現、ビクターエンタテインメント株式会社 代表取締役)の誘いにより、東芝EMIに14年ぶりに復帰し「M’s Place」レーベル(本部)を発足させる。

Pierrot、Keyco、SHAZNA、MIU、加藤あすか、CAO、牧謙次郎、等を手掛けヒットさせるが、自ら原点に戻る為、EMIの2001年3月よりエグゼクティブプロデューサーとして勤務。


2002.8〜2004.5

株式会社ファイブスターズ設立に参加

レコードメーカー(東芝EMI)とプロダクション(ファイブ・ディー株式会社/株式会社ロード・アンド・スカイ)共同出資による新しい仕組みのレーベル、ファイブスターズの設立と仕組み作りに専務取締役として参加。

新時代の音楽産業を創造するために、固定概念を脱した考え方にて21世紀型のレーベルを構築。

THE BOOM、中村一義、スーパーバタードッグ、ハナレグミ、ナタリーワイズ、高野寛、アナム&マキ、東京60WATTS等を新しい仕組と考え方で参加プロデュース。


2004.6〜2006.9

組織から離れてフリーになってさらなるA&Rと新しい仕組の音楽文化となりうるミュージックビジネスを模索、追求する為にあえてインディーズ・シーンに入り込み多くのアーティスト達のライブと会見を毎日繰り返す。2005年3月に「長谷川都」と出会い、7月より全面的なA&Rプロデュースを行う。メジャーレーベルVAPとの契約も成立しアルバム『歌種』をプロデュース。12月に発表する。また制作だけではなく、戦略的宣伝も構築し好評を得た、2006年6月、元ブルーム・オブ・ユースの「松ヶ下宏之」と出会い、A&Rプロデュースを開始。


2006.9〜

才能豊かなアーティスト「松ヶ下宏之」を世の中にもっと広めたい願望からレーベル会社、エムズスピリット株式会社を設立する。

2006年10月より制作を開始し、松ヶ下宏之、またエムズスピリットの第1弾マキシシングル「想い出の降る朝」を発表する。インディーズ流通での発売ではあるがメジャー以上の動きを、特に全国FM局にて応援を受け好評のデビューを飾る。2007年4月に「嘘」、6月にファーストアルバム「Way to Happiness?」、7月に「DRAMA ADDICTION」を発表。

2007年1月よりインディーズシーンにおけるより多くの夢見るアーティスト達との出会いも目的として、渋谷Duo Music Exchange、表参道FAB(現、GROUND)、渋谷7th Floor、恵比寿switch等の公演プロデュースも開始。

2007年7月、松ヶ下宏之に続き女性シンガーソングライター・ユニット「non-St」の制作・宣伝プロデュース、マネージメントを開始。9月にはマキシ・シングルを発表。

9月にはシンガーソングライター「やうこ」の制作・宣伝プロデュース、マネージメントも開始。2008年4月に発表したアルバム「Pink or Black」をロングセラー化しアルバム収録曲「アジアの花」のスマッシュヒットを放つ。2008年ミクスチャー系男性4人組アーティスト「LoungeGate」と出会いプロデュースを開始2009年2月にマキシ・シングル「P.S.感謝しています。」を発表。同年9月ミニアルバム「Message」を発表。

2010年4月「北川友紀」のプロデュースを開始。2011年1月ミニアルバム「Dreamin' Dreamer」を発表。同年3月「舞弥」のミニアルバム「maiya FLAVOR」を発表。

FM Radio「K-MIX」「FM NACK5」のレギュラー番組も獲得し、松ヶ下宏之、LoungeGate、北川友紀、舞弥、川島敬治等の番組制作も手掛ける。

2011年12月、最先端のシンガーソングライター「サラハンナ」と出会いプロデュースを開始。2012年11月にはミニアルバム「246 after6」を発表。特に「僕らはファミリー」はUSENにて人気を博しロングランのランキングを果たしている。

2012年2月には「きしのりこ」の制作・宣伝を開始。ミニアルバム「おもい」を発表。2013年11月にはホールワンマンLIVE(渋谷プレジャープレジャー)を実現。

2013年4月、15年の活動実績を持つ4人組ロックバンド「Beadroads」の制作・宣伝を開始。アルバム「青ノ時代」を発表し、USEN等のランキングを急上昇させている。